私はあきらめない
最終更新:2007年10月24日 23:43ぐんま経済新聞の「東毛エッセイ」を執筆しています。
10月11日掲載されたエッセイです。
「私は、あきらめない」
9月1日早朝5時、目が覚めると世界がゆがんでいました。
物が二重に、そして、中心に向かって斜めに倒れかけているようでした。
自分の顔を鏡で見ると、顔の中心に目が縦に並んでいました。
家族の顔をみると三つ目になっていました。
7時になったので総合病院へ行くと、土曜日だったため「急患しか診ない」と断られ、
「土曜日でも開いている眼科へ行くように」と言われました。
近所の眼科へ行くと、「眼球が動いていないので、脳の検査をするように」と
脳外科を紹介されました。急いで脳外科へ行き、CTを撮影しましたが、
異常が発見されませんでした。
「明日は、日曜日だからゆっくり休んで、
月曜日に神経内科へ行くように」と指示されました。
神経内科でMRIを撮影したところ、脳梗塞が原因で
眼球が動かなくなっていることがわかりました。
医師から、「梗塞ができている場所が、少しでもずれていたら、
手足が動かず、車いす生活だった」と伝えられました。
そして、「これ以上血栓ができないように薬を飲むこと。
梗塞により死んだ脳細胞は生き返らないこと。
元通りに機能回復するまでは、長い時間がかかること。」
など説明がありました。
私は、脳梗塞を克服した歌手やアナウンサーが、
その経験を本に書いたり、講演で話をしたりしていることを思い出しました。
「そうだ!私も、この経験を本に書こう!
題名は『私はあきらめない』がいいかな?
そして、この経験を話すのだ!」と決意しました。
1日に眼球が動かなくなり、3日に病院へ行き、
4日は一日静養し、5日から仕事へ復帰しました。
車の運転はできないので、電車とタクシーを利用して、
昼間経営革新の相談を2社受け、夜は3時間のセミナーをこなしました。
相談者も受講生も、全員三つ目で、まるで妖怪のようでした。
時間があるときは、散歩にでかけ、
一日も早くこのゆがんだ世界になれるように、
あちこちぶつかりながらも、歩き続けました。
立ち止まると、涙が溢れそうになり、
何かしていないと負けそうでした。
10日ほど経つとゆっくり眼球も動くようになり、視力も回復しました。
スピードに目の動きが追いつかず、不安な点もありましたが、
12日は、思い切って片道2時間、往復4時間の仕事先へ車を運転してみました。
20日を過ぎると、下は二重に見えますが、
それ以外は、ほとんど普通に見えるようになりました。
考えていた以上に早く回復することができ、仕事も続けられたのは、
家族の支えがあったからだと感じています。
暗い顔をしていると、「必ず治すから」と自信たっぷりに言い切ってくれ、
夜のセミナーが終わって、午前0時過ぎに帰宅すると「働く脳梗塞だね」と
明るく迎えてくれました。
照れくさくて直接お礼は言えないけど、心から感謝しています。
茂木三枝
有限会社コンサルティングオフィス・ウィル 代表取締役
中小企業診断士 経営士 高崎経済大学卒
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